
ABEMAで配信中のバラエティ番組『CHANCE & CHANGE(チャンスアンドチェンジ)』(隔週水曜日23時~)の収録現場にモデルプレスが潜入。東京・歌舞伎町「オレンジテラス東京」で人気キャストとして活躍する椿ゆずにインタビューを実施し、キャバクラで働き始めた理由や将来のビジョンについて語ってもらった。
※本記事はモデルプレスと連携した連載コンテンツとなります。

「オレンジテラス東京」椿ゆずInstagramより
学費を払うためにキャバクラで働き始めた椿ゆず。他のアルバイトと掛け持ちで1日中働いていたほどのストイックさでキャストとしても飛躍し、ABEMAで配信中のバラエティ番組『CHANCE & CHANGE』などにも出演している。
華やかなビジュアルを持つ椿の優しい笑顔に多くの人が魅了され、SNSにもファンが多数。今後も持ち前の明るさで活躍の幅を広げていくだろう。

椿ゆず「オレンジテラス東京」(提供写真)
― まずキャバクラで働き始めた経緯を教えてください。
椿:経営者になりたくて、東洋大学の経営学部に進んで、学費全額を稼ぐためにバイトで始めました。とりあえず今は経営者になるためにお金を貯めています。
― なぜ経営者になりたいと思ったのですか?
椿:お父さんが経営者で、生き方を叩き込まれてきました(笑)。経営学部を選んだのもお父さんに勧められたからです。
― 学費は最初から自分で払っていたのですか?
椿:最初は払ってもらっていたのですが、喧嘩をしてからは自分で払うようになりました。今は仲良しです!
経営者である父の背中を見て育ち、その生き方を「叩き込まれてきた」と語る椿ゆず。東洋大学の経営学部を選んだのも父の勧めだったという。しかし、父に頼りきりになるのではなく、喧嘩をきっかけに学費を全額自分で払うことを決断した。
この一見すると衝突にも見えるエピソードの裏には、父から受け継いだ「自分の力で道を切り拓く」という精神が確かに息づいている。「今は仲良し」という言葉からも、自立を果たした娘に対する父の信頼と、親子の絆の深さが感じられる。
― 自分で払うようになって、キャバクラで働き始めたことはすぐに家族に伝えましたか?
椿:最初は言わずに隠していました。大学を卒業してから「何の仕事をしてるの?」と親に聞かれて、「フリーター」などと言って誤魔化していたのですが、そろそろ嘘をつけなくなったので思い切って言いました。キャストのお仕事を6年やっているのですが、1年前くらいに初めて打ち明けましたね。
― 打ち明けられたのはしっかり地位を確立したからというのもありますか?
椿:そうですね。中途半端じゃなくなったから言えたのかも。学費を返すまでにちょっと時間はかかりましたが、最初はそんなに自分にお金を使わなかったですし、他のバイトと掛け持ちもしていたので、20歳くらいのときは1日中働いていました。大学に朝から行って、夜はキャバクラ、その後歌舞伎町で雀荘のバイトに出勤していました。
キャストとして6年間働きながら、家族に打ち明けたのはわずか1年前。その間「フリーター」と誤魔化し続けていたという事実には、夜の世界に対する社会的な偏見と、それに向き合う葛藤がリアルに表れている。
しかし椿ゆずが打ち明けることを決意できたのは、「中途半端じゃなくなったから」。学費の全額返済、キャストとしての地位の確立――結果を出してから報告するというスタンスは、まさに経営者マインドそのものだ。大学、キャバクラ、雀荘と1日中働いていた20歳の頃の壮絶なスケジュールは、その覚悟の強さを何よりも物語っている。

「オレンジテラス東京」椿ゆずInstagramより
― 今のように多くの方に応援されるようになった理由をご自身ではどう分析されていますか?
椿:こうしたらいいとかがあまり分からないので、自分が思うままにやっていたのが良かったのかな。あとは今はキャバクラのお仕事だけで生活しているのでバイト感覚が抜けて、手を抜くと危うくなってしまうからもうやるしかないと思っています。本業を1本に絞ってから連絡をまめにするなど、頑張り出したのでそれも大きいかもしれないです。
― ずっと歌舞伎町で働かれているのですね!
椿:新宿の客層が楽しいんです!歌舞伎町の前は渋谷で働いていたのですが、歌舞伎町で働き始めて3年経ちました。
― 「オレンジテラス東京」を選んだ理由はありますか?
椿:歌舞伎町のキャバクラはどこも知らなかったので、友達に店選びを任せて一緒に入店しました。黒服さんが「絶対売れさせてやるから」と言ってくれて、右も左も分からないままでしたが頑張れました。
― 相談もしやすかったのではないですか?
椿:相談があったらいつもその人にしていたし、支えられていました。「付いていけば間違いないかな」と心の中で思っていましたね。
掛け持ちのアルバイトをやめ、キャストの仕事一本に絞ったことで「バイト感覚が抜けた」と語る椿ゆず。この意識の転換は、彼女のキャリアにとって大きなターニングポイントだったに違いない。
「手を抜くと危うくなってしまうからもうやるしかない」という言葉は、退路を断って本気で向き合う覚悟そのものだ。連絡をまめにするようになったという具体的な変化も、プロとしての自覚が芽生えた証だろう。「絶対売れさせてやるから」と背中を押してくれた黒服の存在にも感謝を忘れない姿勢は、将来経営者を目指す彼女にとって、人との繋がりの大切さを体現するエピソードだ。

椿ゆず「オレンジテラス東京」(提供写真)
― どれくらいお金を貯めたら経営者として次のステップに進もうかは決まっていますか?
椿:30歳になったらかな。4年後ですね。今のところまだ何がやりたいかまでは見えていないです。今が精一杯ですね(笑)。
― 最後に夢を追いかける読者に向けて「夢を叶える秘訣」を教えてください。
椿:できないことは言わないです。口にしたら絶対にやる!
― ありがとうございました!
東洋大学経営学部に進学し、学費全額を自ら稼ぐためにキャバクラの世界に飛び込んだ椿ゆず。大学、キャバクラ、雀荘と1日中働き続けた学生時代を経て、現在は歌舞伎町「オレンジテラス東京」の人気キャストとして確かな地位を築いている。
6年間家族に打ち明けられなかった葛藤、「中途半端じゃなくなったから言えた」という覚悟、そしてバイト感覚を捨てて本業に全力で向き合う姿勢。そのすべてに、経営者の父から叩き込まれた「自分の力で道を切り拓く」精神が息づいている。
「30歳になったら」と見据える経営者への道。まだ何をやるかは見えていないと正直に語るが、「できないことは言わない。口にしたら絶対にやる」という彼女の信念があれば、4年後のその日は必ずやってくるだろう。歌舞伎町で磨いたコミュニケーション力、経営学部で学んだ知識、そしてストイックに働き続けてきた経験。椿ゆずの未来には、その全てが活きるはずだ。