
ABEMAで配信中のバラエティ番組『CHANCE & CHANGE(チャンスアンドチェンジ)』(隔週水曜日23時~)の収録現場にモデルプレスが潜入。東京・銀座「ジャングル銀座」で人気キャストとして活躍するなちにインタビューを実施し、オーストラリアに留学したときの思い出や、ダンサー、アパレル店員として働いていた過去について語ってもらった。
※本記事はモデルプレスと連携した連載コンテンツとなります。

「ジャングル銀座」なちInstagramより
名古屋でダンサーとして働いていたなち。「ジャングル銀座」に話を聞きに行ったことをきっかけに入店を決め、そこからわずか1ヶ月で上京。行動力と真っ直ぐな性格を持つなちは、入店直後から先輩に可愛がられている。
そんな愛され力を持つなちは、入店して約1週間で『CHANCE & CHANGE』に出演。華やかなビジュアルや真面目さを武器に、今後もさらに飛躍するに違いない注目のキャストである。

なち「ジャングル銀座」(提供写真)
― まずキャバクラで働き始めた経緯を教えてください。
なち:元々下着屋さんで働いていたのですが、小さい頃から踊るのが好きだったのでショータイムがあるお店で働き始めました。ショーのためのレッスンが16時からあって、昼の仕事をやっているとレッスンには出られないので、お昼の仕事を辞めました。私が踊っているのを誰かに見てもらいたくて、見てもらえる仕事ってあまりないと思うのですが、ショータイムなら見てもらえるかなと思ったんです。その後、名古屋から1週間前くらいに東京に引っ越してきて、その日から「ジャングル銀座」で働いています。東京にはいつか行きたいなと思っていましたし、「ジャングル」なら「CHANCE GALs」として踊ることもできるのではないかなと考えました。
― アパレルのお仕事はいかがでしたか?
なち:楽しかったですが、先が見えないなという気持ちが大きかったです。店長になってこの先を考えたときに、もう楽しくなさそうだなと思っちゃいました。
アパレル店員、ダンサー、そしてキャバクラキャスト。なちのキャリアの軌跡は一見バラバラに見えるが、その根底には「自分を表現したい」という一貫した思いがある。
アパレルの仕事について「店長になっても楽しくなさそう」と感じたという率直な言葉からは、安定よりも情熱を選ぶ彼女の生き方が見える。そしてショータイムのあるお店を選んだ理由が「踊っている自分を誰かに見てもらいたい」という純粋な動機だったというのも、なちらしいエピソードだ。「ジャングル」なら「CHANCE GALs」として踊れるかもしれないという発想も、ダンスへの情熱と夢を叶えるための計算が共存している証だろう。

「ジャングル銀座」なちInstagramより
― 「ジャングル銀座」で働くことを決めてどれくらいの期間で上京されたのですか?
なち:突然です(笑)。元々は全然来るつもりがなくて、東京でモデルの仕事があったときに「話を聞くだけ」と軽い気持ちで行ったら、黒服さんにすごい押されて行きたい気持ちになりました(笑)。決めてから1ヶ月で上京してきました!
― 突然上京することに家族は驚いていましたか?
なち:びっくりされました。最初は「東京は危ないから」と反対されていたのですが、「私の性格上分かるでしょ」と説得したら納得してくれました。名古屋のショータイムのお店を卒業後に、海外に留学して1年後くらいに戻ってきたこともあったのですが、そのときも結構急だったので…(笑)。思い立ったら即行動したい派です。
― どちらに留学されたのですか?
なち:オーストラリアです。長く居るつもりで行ったので、農場や僻地で仕事をすると長く滞在できるのですが、ブルーベリーを摘む仕事をしたときに、今までとギャップがありすぎて…。ショーでキラキラしていたのに、ブルーベリーを摘んでいる自分がすごく嫌になって、辛かったので3日で辞めました。
― 英語も身に付きましたか?
なち:当時は話せていましたね。今はちょっと自信ないです(笑)。英語力0の状態で行ったのですが、だんだん話せるようになっていきました。
― 外国のお客様がいらっしゃったときは英語でお話されますか?
なち:外国の方がいらっしゃったときは、簡単な会話は英語でしています。
― オーストラリアの留学で他に印象に残っているエピソードはありますか?
なち:楽しい思い出より、ブルーベリーの仕事が辛すぎました(笑)。想像できないくらいの田舎で、家も本当にボロボロ、ベッドもタバコの火などで穴だらけ、トイレやバスルームは湿気でマットから草が生えているなど、やばすぎて私は車で寝泊まりしていました。農場が用意してくれている家がそこだったので、他に家もなく、田舎すぎて車で寝るしかないみたいな状況でしたね。3日で辞めた後はカフェや日本のレストランなどで働いていました。
「ショーでキラキラしていたのに、ブルーベリーを摘んでいる自分がすごく嫌になった」――この一言に、なちの正直さと自分の軸をしっかり持つ強さが凝縮されている。
穴だらけのベッド、草が生えたバスルーム、車での寝泊まり。過酷を極めたオーストラリアでの農場生活を3日で辞めたことは、「逃げ」ではなく「自分にとって正しい選択」をする判断力の証だ。その後はカフェや日本食レストランで働きながら英語力を身につけ、英語力ゼロから日常会話ができるレベルにまで成長した。この留学で得た経験と語学力は、銀座で外国のお客様を接客する際にも活きている。
思い立ったらオーストラリアへ、思い立ったら東京へ。その行動力の裏には、どんな環境でも自分らしくいることを諦めない、なちの揺るぎない信念がある。

なち「ジャングル銀座」(提供写真)
― キャバクラで働き始めてから1番驚いたことを教えてください。
なち:「ジャングル銀座」に来て、みんな可愛くてびっくりしました。
― 今のような華々しいご活躍をされるまでには壁にぶつかったこともあったと思います。そのときに「悲しみを乗り越えた方法」を教えてください。
なち:悲しいときは考える時間を作らないために、毎日とりあえず仕事をする!アフターでお客様と飲みに行くなど、できるだけ長く仕事をして、1人の時間を作らないようにしていました。
悲しいときに「とりあえず仕事をする」というなちのメンタル対処法は、一見シンプルだが非常に理にかなっている。ネガティブな感情に浸る時間を物理的になくし、仕事に没頭することで前に進む。このアプローチは、ダンサー時代にレッスンに打ち込んでいた頃から培われた習慣なのかもしれない。
「ジャングル銀座」のキャストたちが「みんな可愛い」と素直に感嘆できる心の余裕も、なちの人柄をよく表している。入店直後から先輩に可愛がられている理由は、こうした飾らない素直さにあるのだろう。
― 夢を追いかける読者に向けて「夢を叶える秘訣」を教えてください。
なち:「夢を叶えるぞ」という気持ちと諦めないことですかね。
― 最後になちさんのオンリーワンポイントを教えてください。
なち:真面目さです!
― ありがとうございました!
アパレル店員からダンサーへ、オーストラリア留学を経て名古屋へ、そして決断からわずか1ヶ月で銀座へ。なちの人生は「思い立ったら即行動」の連続で彩られている。一見すると気まぐれにも見えるその歩みだが、すべてに共通するのは「自分を表現できる場所」を求め続けるという確かな軸だ。
ダンサーとしてショータイムのステージに立ち、オーストラリアでは過酷な環境にも飛び込み、銀座では入店1週間で番組出演を果たす。オンリーワンポイントとして「真面目さ」を挙げる彼女の言葉には、華やかなビジュアルの裏にある、ひたむきな努力と誠実さが確かに宿っている。「夢を叶えるぞという気持ちと諦めないこと」――そのシンプルな信念こそが、なちをどこまでも前に進ませる原動力だ。